支援組織向け:必要とされる支援のあり方


LGBTIQA性暴力サバイバー向けの支援拡充に向けて

 性暴力被害の実像をみるにつけ、その被害のありようというものは非常に多様だということを実感します。被害にあったそれぞれの人々の背景や感情、実質的な影響等においてもさまざまです。「性暴力被害とは」と、一言で語ることは非常に難しく、それぞれのサバイバー(性暴力を生き抜いた人たち)にとって、それぞれの支援へのニーズがあります。そうした中で、性暴力サバイバーを支援する社会資源は、そのさまざまなニーズに出来る限り寄り添い、それぞれのサバイバーにとって少しでも生きやすい環境を整えるためには何が出来るか?ということを考えていく必要があるでしょう。

 

 LGBTIQAの性暴力被害について、その被害率の高さが世界的に訴えられてきました。日本においても、2017年の刑法改正によって所謂「レイプ」の定義変更が行われ、レイプ被害に遭う「性別」が戸籍上の女性に限られなくなった点などから、性別を問わない性暴力被害者支援というものが少しずつ考えられるようになってきています。しかしながら、そうした中でLGBTIQAの性暴力サバイバーたちが声を上げる、助けを求める際の社会資源が明確に増加したかというと、残念ながらそうとは言えない状況があります。

 このページでは、LGBTIQAの性暴力サバイバーたちが助けを求めやすい社会資源を構築していく上で、支援組織として何を知っておくべきか、具体的に取り組むべきことは何かなど、必要とされている支援のあり方についてを解説していきます。ぜひ、相談支援業務等、施策の策定等において、お役立ていただければと思います。


なぜ個別的に「LGBTIQAに向けた支援体制の構築」が望まれるのか

 これまで、各所においてLGBTIQAの性暴力被害に関する研修などを実施してきた中で、以下のような疑問が性暴力被害者支援に携わる方々から寄せられることがありました。

 

1、性暴力被害についての研修をしていれば、わざわざその人の性のあり方についてを理解していなくても支援は可能なのではないか

 

2、女性の被害がこれだけ多い現状の中で、まずは女性の支援を充実させることの優先順位が高い。LGBTについては別で取り組めばいいのではないか

 

 この項ではこの二点を軸に、なぜLGBTIQAの性暴力サバイバーに向けた支援が望まれるのかを解説していこうと思います。

 

 まず、1についてですが、基本的なこととして、相談支援に関わる上で重要な要素として「サバイバーに安心感を提供する」という前提については皆さん共有出来るものだと思います。相談支援の現場において、相談者が安心して相談が出来る環境整備というはまさに、基本です。残念ながら、現在の社会においてLGBTIQAを取り巻く環境というのは必ずしも優しいものとは言えません。まだまだ社会には差別や偏見があり、多くの当事者たちが、平素の生活の中で困難を抱えて生きているという現状があります。その、平素における生活環境や背景について、相談支援に関わる人間が理解しているか否かは、性暴力という状況を生き抜くための支援を求めるという状況の中で、安心感に繋がります。例えば、「ここでは自らのことを隠さないでも差別的な言動を向けられることはない」、「自らの性のありようについて殊更に説明をしなくても理解してもらえる」というようなことだけをとってみても、相談をする上でそれらが安心感や心強さに繋がることは、想像に容易いのではないでしょうか。

 性暴力被害者支援というものは、これまで多くの場合「女性に対する暴力」という枠組みの中で語られてきました。そうした中で、相談支援に関わる人々は女性を取り巻く社会環境を含め、女性支援に必要な施策を構築してきてもいます。「性暴力」について考える上では、「女性」という人口層の生活環境、社会的背景等をしっかりと理解されていることが求められてきたと思います。そうでなければ、相談支援に関わるニーズが明確になっていかないからです。女性たちが声を上げやすい状況を構築するためには何が必要か、どのような啓発を行えば当事者たちに声が届くようになるのか、どのような状況において被害が発生しやすいのか、そうしたことも踏まえ、支援の制度というのは出来ていきます。

 背景を知らなければ聞くことが出来ない声というものがあります。もちろん、相談支援に関わる人たちがサバイバーの背景全てを理解することは不可能でしょう。しかし、話を聞く上で重要なことは、どれだけ多くの「想定」を持つことが出来るのか、ということでもあります。決めつけではなく、さまざまな可能性の枝葉の中で、サバイバーたちの困難の背景に何があり、現状の悩みにはどういった要因が絡まり合っているのか、それはどういったことなのかを理解出来るということは、相談支援に携わる上で重要なことです。

 私たちの社会は、「性暴力被害が女性だけに起きていることではない」ということを既に知っています。そうした中で、これまでの女性支援の構築にも習い、さまざまな状況下に置かれた、さまざまな属性の人たちへの支援というものを拡充していく必要があります。そのためには、まず学ぶことです。知らなくても出来る、ということは残念ながらありません。

 

 そして2について、「まずは女性から」という意見についてはこれまで多くの場面で見聞きしてきました。「数」の理論で言うならば、いわゆるマイノリティの権利擁護については、いつも優先順位が低いと言うことになります。人権が損なわれた状況にある人を見ながら、「あなたの人口層は人数が少ないので支援がありません」という社会が、果たして健全な状況といえるでしょうか。

 ここで明確にしておきたいのですが、必要なのは「女性の支援の削減」ではなく「支援体制の充実」です。現状、より幅広く性暴力についてを考察し、支援制度を整えるということが求められているのだということを忘れてはいけません。

 「性暴力」という枠組みを女性支援という枠組みで実施してきた社会において、より広範な枠組みで性暴力を捉え直し、支援制度の拡充を図ることは、現状の枠組みをより性暴力を許さない社会に向けて歩ませ、性暴力の実像というものを見えやすいものとするのではないでしょうか。

 

 性暴力サバイバーに必要な支援を提供するということに関して、優先順位をつけて「まずはここから」論争を繰り広げる時代は、もう終わりました。ここからは、今、目の前にいるサバイバーに必要な支援が届けられるようにするには何が必要か、ということについてを考えていきたいと思います。


支援対象であることを明記することの重要性

 まず、皆さんに共有していただきたい事柄としては、LGBTIQAが何らかの困難にさらされている環境下において、安心して相談ができる支援機関や制度は非常に少ない、もしくは非常に見えにくい、ということについてです。

 2017年の刑法改正から、多くの性暴力のワンストップセンターなどで利用者の性別規定が取り払われました。そうした中で改正以前からすると相談支援に関わる社会資源は「増えた」と言えるかもしれません。しかし残念ながら、現状の中でも、制度としては女性支援の枠組みから進展しておらず、医療機関や司法との連携等で想定されている性別に制限があったり、実際に相談をした結果として、相談を断られたり、差別発言を受けてしまったという報告も未だに絶えることがありません。

(ワンストップセンターにおけるLGBTIQA対応の現状については、次の章で詳細に示します。)

 

 また、そもそも電話相談などの基本的には単発での支援に関して、現状非常に利用者が多く回線も混み合っており、そもそも繋がることが出来ないでいるということも解消しなければいけない問題ですが、まず、「どこに相談していいか分からない」という問題があります。前述においてワンストップセンターにおいての利用者の性別規定が一部取り払われたと書きましたが、実際に「女性だけではない」人たちに対して明確に呼びかけているセンターは一握りです。そのセンターのこれまでの運営や法律施行後の運用などを注視していない人にとっては、多くの場合はその変化に気づくことはないでしょう。また、中長期的に当事者との関わりを持つ可能性がある、連続的に相談を出来る場所、カウンセリングであったり、精神医療、自助グループなどさまざまな社会資源がありますが、そうしたところに関しては特に、LGBTIQAである自らが相談しても大丈夫なのか、分かりにくいということがあります。

 ここで、「そもそも相談支援というものは相性もあるものだし、相談してみなければ分からないのは誰もにとって同じだ」ということを思われる方もいるかもしれません。性のありように関わらず、性暴力についてを語るということだけでも、サバイバーにとっては多くの場合非常に大きな負荷となります。心身の不調の中で医療機関等を受診しても、被害については語ることが出来なかった、という人も多くいます。しかし、ここで問題となるのは、語った後のことです。性のありようについてを語ったら、それら社会資源の利用を断られたというケース。例えば、同性に性的指向が向く人、性自認が出生時の割り当てと異なる人がいるのは他の方の安全を保つことが出来なくなるので、という理由で自助グループの利用を断られたり、そうした性的な課題を持つ人の診療等はしていないと帰されてしまったり、多くの差別発言に曝されている人が残念ながら多くいます。

 ここで重要なのは、「差別がある」ということについてです。「分からないのが当たり前」ということについて、現実として被差別体験を持っていたりそのことを危惧する人たちが、性暴力被害という負荷も背負いながら体当たりしていかなければいけない、しかもその結果として運よく良い相談機関にあたれる確率自体が非常に低い中で、という状況を、何とかしなければなりません。

 

 これは、お願いです。

 LGBTIQAについて、相談支援の対象としている場合、ぜひそのことを明記してください。わざわざ明記して特別扱いしているように見せたくない、そこまで専門としているというわけでもないし…というような声をお聞きすることもありますが、必要なのは特別扱いという話ではなく、「わたしはここにいてもいいですか?」ということを教えてほしいということなのです。辛い状況の中で、何とか支援に辿り着きたいという思いでいる人にとって、丁寧な声がけをしてほしいのです。

 1人でも多くの、孤立の中にある人にとって、その声がけは人生において重要な社会資源との出会いにつながるのだと思います。


ワンストップセンターにおけるLGBTIQA対応状況

 ここで、私たちが2021年に実施した日本の性暴力に関するワンストップセンターに対するLGBTの被害対応に関する調査の結果をお知らせしたいと思います。全国のワンストップセンターの中から31組織の回答を得て集計したものです。

 

性暴力被害相談・ワンストップセンターにおける性的マイノリティ対応状況調査

 

<調査結果概要>

・性的マイノリティの性暴力被害に関し、研修を実施しているのは31組織中16組織であった

 (実施内容は、最も時間の短いものが15分、口頭において別組織の研修をシェアした、自治体のLGBTリーフレットを回覧したというものも含まれた)

・性的マイノリティの性暴力被害の特徴や具体的な対応についての研修を実施しているのは、31組織中7組織であった

・性的マイノリティの相談を31組織中16組織が「受けている」、8組織が「受けていない」、6組織が「分からない」、1組織が「対象外」とした

・性的マイノリティの相談を「対応可能」としたのは31組織中9組織、21組織は「全てではないが対応可能」、1組織は「対応不可」とした

・設問において「研修を実施していない」「相談を受けていない/わからない」とした上で「対応可能」とした組織が2組織あり、「全てではないが対応可能」とした組織が5組織あった

・「婦人科以外との医療連携がない」「補助制度が婦人科系しか使えない」ということが9組織から課題として挙げられた。そのうち6組織は具体的な研修を実施した組織であった

 

<調査概要>

調査実施期間:2021年6月1日〜6月15日

調査対象:全国のワンストップ機能を持つ性暴力被害者支援組織53組織

有効回答:31組織

回答方法:オンライン回答及び郵送

調査実施団体:Broken Rainbow - Japan

 

 まず、LGBTQに関しての支援者研修を実施したかどうかの聞き取りをしています。そこでは実施したが52%、そしてしていないが48%となっています。ただし、研修の実施時間は15分以下から8時間以上とばらつきが有り、資料の閲覧のみというものも含まれるということは重要な点となっています。

 そして、次に研修の内容ですが、性的マイノリティとは?などの基礎的な研修を実施した組織が56%、性的マイノリティが性被害にあった際の特徴や具体的な対応の研修実施組織が44%です。具体的な研修を実施した団体は回答のあった31組織中、7組織だけだということです。

 そして、そうした中でどの程度の組織がLGBTQの相談を受けることが可能なのか?ということですが、1組織を除いて、概ね対応可能としています。ここが、強制性交等罪となり、被害者の性別が拡大されたことによる大きな変化と言えるでしょう。

 ただ、研修を実施していない、相談を受けて来ていない/分からないと回答した上で「対応可」「全てではないが対応可」とした組織が7組織がありました。何を持って「対応可能」とするかは、本当にそれぞれだということが分かります。また、これも特徴的なことだと感じたのですが、具体的研修を実施した組織では「対応可」とした組織が1つしかありませんでした。「全てではないが対応可」が6組織。どうして、より具体的な学びをしてきた組織こそが対応可能と回答しないのでしょうか。そこには、別途聞き取りをしていた記載項目にヒントがありました。

 

・医療費助成など、一部性別を問うサービスがある

・医療連携など、婦人科以外との連携が進んでいない

・相談員毎にスキルの差異が大きく全て出来るとは言いづらい

 

 具体的な研修を受けている組織ほど、こうした記載項目を多く記載されているのを見て、「学ぶということは、課題が見えるということなんだなぁ」と、ある意味ではとても当たり前な感想を持ちました。

 学ぶこと、学び続けることで実態というのはより深度を深め見えてくるものなのでしょう。安易に「対応可能」とすることも出来ないし、それでも「対応可能」とすることで見えてくるものもある。実際に、自信を持って「対応可能」としてくれなければ、サバイバーは安心して相談することが難しいという側面もあります。ただし、対応可能としながら実際がそれとはかけ離れた対応であった場合、「支援」は、対象者に絶望を与えるものになってしまうかもしれないということだけは、どうか忘れないでいてほしいです。

 LGBTIQAから見た重要な視点としては、社会システムへの不信感についてが挙げられます。自分自身が被害にあったということを話しても大して聞いてもらえないんじゃないか、差別的な対応をされるんじゃないか、どうせわかってもらえないだろう。そうした不信感が根底にあるからこそ、被害にあったということが言えない、という人たちが多くいます。ですので、LGBTIQAの相談を聞く、性暴力に関しての相談を聞くという意味では、「あぁ、LGBTは知ってる」ということでは足りない、ということは、重要な視点として持っていてほしいと思っています。

 


まとめ:いま、ここからできること

 私たちにわかっているのは、LGBTIQAの中に、多くの性暴力サバイバーが現実におり、そしてその人々のニーズに添った相談支援制度が現状の日本には大幅に不足しているという事実です。

 2017年刑法改正以降、見直し要件によって現在改めて議論されている改正案を見ると、日本におけるレイプの定義はまた新たに改正されようとしています。私たちにとっては、これは待ち望んだ改正でもあります。

 しかし、法律というある意味では社会的規範の変更を持って、望まれるのは、そこから派生する社会資源の拡充です。サバイバーたちが望むのは必ずしも司法的判断だけではありません。どのような背景による被害の構造があったとしても、それぞれの性のありようが何であったとしても、今生きることにたくさんの困難を抱えているサバイバーもいます。孤独の中で眠れない夜を過ごしているサバイバーもいます。その思いを安心できる場所で共有でき、より生きやすい環境の中に生きることを支援できる体制作りが必要です。

 

 LGBTIQAの性暴力サバイバーにとって、まだ社会の制度、環境は優しいとは言えないのです。

 

 学ぶ機会を作ってください。

 当事者たちに声をかけてください。

 当事者たちの声を聞く場所を、増やしてください。

 性のありように関わらず、使える制度設計をしてください。

 

 社会資源を増やしていくこと、助けを求めれば手を差し伸べられる社会に向けて、まだまだできることはたくさんあります。


続いて、具体的な施策や体制整備に向けて必要なことを見て行きましょう。

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